自殺があったマンション1棟の損害につき判断した東京地裁平成25年7月3日判決

自殺と売買対象物の瑕疵

 マンションで自殺があった場合、心理的瑕疵があるとして民法570条の瑕疵に該当し、瑕疵担保責任の問題が生じます。

 東京地裁平成25年7月3日判決は、売主に対する瑕疵担保責任と売主側の仲介業者の債務不履行責任が追及された事案において、損害額などにつき判断していますのでご紹介します。

東京地裁平成25年7月3日判決

事案の概要

① 買主は、本件は、地上5階地下1階建ての賃貸マンションを代金3億9000万円で購入したところ、同マンションの一室において居住者が自殺したという瑕疵が存在した。

② そこで、買主は、売主(Y1)に対しては、調査説明義務の債務不履行あるいは瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求として、売主側の仲介業者(Y2)に対しては調査説明義務の債務不履行あるいは不法行為に基づく損害賠償請求として、損害の一部である1億円の支払を求めた。

判決内容

被告らの調査説明義務について

 判決は一般論として次のように述べています。

「ア 本件建物は収益物件であるところ、本件建物の居室における自殺の有無は心理的瑕疵としてその収益率等に影響を与える事項であると認められるから、本件売買契約の売主である被告Y1が、本件売買契約締結時あるいは代金の決済時に本件自殺について認識していた場合には、本件売買契約上の付随義務として、本件自殺について買主に説明する義務を負うというべきである。

イ また、被告らは宅地建物取引業者であるところ、宅地建物取引業者は自ら不動産の売買の当事者となる場合や売買契約の媒介を行う場合には、宅地建物取引業法(以下「宅建業法」という。)35条に基づく説明義務を負い、当該説明義務を果たす前提としての調査義務も負うものと解される。そして、宅建業法35条は「少なくとも次の各号に掲げる事項について」としており、宅地建物取引業者が調査説明すべき事項を限定列挙したものとは解されないから、宅地建物取引業者が、ある事実が売買当事者にとって売買契約を締結するか否かを決定するために重要な事項であることを認識し、かつ当該事実の有無を知った場合には、信義則上、仲介契約を締結していない売買当事者に対しても、その事実の有無について調査説明義務を負う場合があると解される。

 なお、上記調査説明義務は契約に基づき発生する義務ではないから、当該義務の懈怠が契約関係のない当事者との間に債務不履行責任を生じさせることはない。したがって、被告Y2に対する債務不履行を理由とする損害賠償請求は理由がないので、以下、被告Y2については、不法行為に基づく損害賠償義務の有無について検討することとする。」

売主らの調査説明義務違反の有無の検討

 判決は、結論として、本件売買契約締結及びその決済当時、本件居住者の死因が自殺であることを認識していたとは認められないとして、調査説明義務違反を否定しました。

瑕疵担保責任について

 そのうえで、判決は、瑕疵担保責任を検討しています。

「売買の目的物に瑕疵があるというのは、その物が通常保有する性質を欠いていることをいい、目的物に物理的欠陥がある場合だけではなく、目的物にまつわる嫌悪すべき歴史的背景に起因する心理的欠陥がある場合も含まれると解されるところ、本件自殺が本件建物の心理的欠陥に当たることは、原告と被告Y1との間で争いがない。したがって、本件不動産の売主である被告Y1は、原告に対し、民法570条、566条に基づき、瑕疵担保責任による損害賠償義務を負う。」

損害額について

 買主は、本件自殺という瑕疵の存在により、売買契約当時の本件マンションの積算価格は3億円、収益価格は2億9100万円程度であるところ、3億9000万円で購入したことにより1億円の損害を被ったと主張しました。

 これに対し、判決は次のように述べて買主の損害は600万円としました。

「もっとも、本件自殺により、308号室部分の市場性が減退することは否定できず、R株式会社による鑑定(乙イ12。以下「R鑑定」という。)によると、裁判所の競売評価や取引実務者からの聞き取りでは自殺による減価率は30%から50%であり、同鑑定は40%の減価率を採用していること、本件売買契約は本件自殺が発見された約6か月後に行われていることからすると、308号室の本件自殺による減価率は50%であるとするのが相当である。また、208号室が308号室の直下に存在することからすると、同居室についても、10%の減価を認めるのが相当であるが、上述した本件建物における308号室の位置及び構造によると、これら以外の建物部分について、本件自殺による減価を認めることは相当ではないというべきである。」

「他方、本件不動産は、新たに設立した法人である原告により不動産賃貸業を営むことを前提として、収益物件として取得されていることからすると、収益性の観点からの自殺減価の検討も必要である。この場合も、本件自殺が居室内で行われたものであり、これに関する報道や近隣における噂の広まりを認めるに足りないこと、本件不動産を売却するまで308号室の新規入居者が募集されていたが、被告らが本件自殺を認識するような事情はなかったこと、原告代表者は、本件売買契約締結後、本件自殺について問い合わせがあったとするが、明確に記憶に残っているのは不動産業者から1件、それ以外から2件に留まること(原告代表者)からすると、上記で述べたところと同様に、本件自殺による賃料の減額を要するのは、308号室及び207号室に留まるというべきである(この観点から、原告鑑定評価を採用できないことは上述したとおりである。)。」

「そこで以下においては、本件自殺の存在により、308号室の賃料がどのような影響を受けるかを検討する。

 まず、原告が平成22年11月に308号室の賃借人の募集を停止したように、自殺が発見された時点から1年間程度は、新規賃借人の募集が停止され、その間の賃料収入は100%喪失されるのが通常と解される。また、2年目以降においても、自殺の存在が告知事項となることから新規賃貸借契約の締結のためには賃料を減額せざるを得ず、その減額割合は50%と想定するのが相当である。なお、自殺が告知事項となるのは、自殺が発生した次の新規入居者に対してであり、当該入居者の次の入居者に対しては告知義務はなくなるものと考えられること、居住用物件の賃貸借契約の期間は2年あるいは3年とされることが多いが、賃借人が契約の更新を希望すれば契約は更新され、その際、減額していた賃料を増額することは容易ではないと推認されることからすると、上記減額割合による賃貸借契約は6年から8年程度継続するものと推認される。」

「上記の各方法により算出される本件自殺の事実による本件不動産の減価額等に、原告が本件不動産について当初、代金額を3億8500万円とする買付証明を出しており、その後、4億1000万円を希望価格としていた被告Y1とのやりとりで500万円の増額に応じたとの本件売買契約締結の経緯、被告は平成23年1月に308号室のお祓いを行い、その費用として30万円を支出していること(甲20の1)、他方で、原告が本件自殺の存在を理由として、他に特段の費用を支出したと認めるに足りる証拠はないこと等を総合的に勘案すれば、本件自殺という瑕疵の存在により、これがないものとして本件不動産を取得した原告に生じた損害額は、600万円と認めるのが相当である。」

コメント

 本件は、地上5階地下1階建ての賃貸マンション1棟のうち、1戸で自殺があったという事案であり、買主はマンション全体の価値や収益性が低下したと主張して1億円の損害を主張しました。

 これに対し、判決は、上記のとおり、自殺のあった当該居室と真下の居室についての収益性低下のみを認めたものです。

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(弁護士 井上元)

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