ホテル事業用建物の賃貸借契約につき賃借人は同建物の損傷箇所の原状回復義務を負う旨の特約が明確に合意されたとはいえないとした東京地裁平成24年10月31日判決

事案の概要

 東京地裁平成241031日判決(判例タイムズ1409号377頁)の事案は、賃借人が、ホテル事業用の建物を被告から賃借していたところ、賃貸借契約を解約して敷金15億の返還を求めました。これに対し、貸主は、借主の債務不履行による違約金、損害賠償金など19億円の支払いを求めました。

 争点は多岐にわたっていますが、そのうちの一つとして、借主による原状回復の範囲が争いとなりました。

判決内容

 賃借人には、賃貸借契約が終了した場合には、賃借物件を原状に回復して賃借人に返還する義務があるところ、賃貸借契約は、賃借人による賃借物件の使用とその対価としての賃料の支払を内容とするものであり、賃借物件の損耗の発生は、賃貸借という契約の本質上当然に予定されているものであるから、賃借人は、特約のない限り、賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる賃借物件の劣化又は価値の減少、すなわち通常損耗についての原状回復義務を負わず、その費用を負担する義務も負わないと解するのが相当である(最高裁平成17年12月16日第二小法廷判決・裁判集民事218号1239頁、最高裁平成23年7月12日第三小法廷判決・裁判集民事237号215頁参照)。

そうすると、原告は、本件建物部分の損耗のうち通常損耗の範囲を超える部分についてのみ、原状回復義務を負い、その費用を負担する義務を負うものというべきである。

この点、被告は、本件契約書及び本件覚書に、①原告の責めに帰すべき事由による修繕、更新等は原告の負担とする、②原告関係者の故意又は過失により被告に損害を与えた場合、原告はその損害を賠償する旨の定めがあることから、原告は、原告関係者の故意又は過失による損傷については、通常損耗の範囲に含まれるか否かにかかわらず、原状回復義務を負い、これを更新又は交換する義務を負う旨の主張をする。しかしながら、賃借人に通常損耗についての原状回復義務を負わせるのは、賃借人に予期しない特別の負担を課すことになるから、賃借人に同義務が認められるためには、賃借人と賃貸人との間で、その旨の特約が明確に合意されていることを要すると解するのが相当であるところ(上記最高裁平成17年12月16日第二小法廷判決参照)、本件契約書等に上記の各定めがあるからといって、原告と被告との間で、原告は、原告関係者の故意又は過失による損傷につき、通常損耗の範囲に含まれるか否かにかかわらず原状回復義務を負い、これを更新又は交換する義務を負う旨の特約が明確に合意されたとはいえない。

そこで、本件建物部分の損耗のうち、原告が原状回復義務を負い、その費用を負担する義務を負う範囲について検討するに、原状回復箇所一覧表及び原状回復箇所一覧表(FFE)の「証拠」欄に記載の各証拠及び弁論の全趣旨により認められる本件建物部分の損耗の程度、そして、本件建物は、多数の従業員、宿泊客、訪問客等の使用が想定されるホテル事業用の建物(しかも、大型テーマパークに隣接する観光ホテルであり、年少者を含む幅広い年齢層の宿泊客による使用が想定される。)で、本件ホテルの開業以降約6年間にわたり、現にホテル事業用の建物として使用されてきたことなどを総合考慮すると、原告が上記の義務を負うのは、本件建物部分(FFEを除く。)については、原状箇所回復一覧表の「当裁判所の判断」欄に○印を付した部分にとどまるというべきであるし、また、FFEについては、その損耗はいずれも通常損耗の範囲を超えるものではないというべきである。

最高裁平成17年12月16日判決について

上記東京地裁判決で引用されている最高裁平成17年12月16日判決は、通常損耗についての原状回復義務について判断した重要な判例ですので、以下で掲げておきます。

「(1)賃借人は、賃貸借契約が終了した場合には、賃借物件を原状に回復して賃貸人に返還する義務があるところ、賃貸借契約は、賃借人による賃借物件の使用とその対価としての賃料の支払を内容とするものであり、賃借物件の損耗の発生は、賃貸借という契約の本質上当然に予定されているものである。それゆえ、建物の賃貸借においては、賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる賃借物件の劣化又は価値の減少を意味する通常損耗に係る投下資本の減価の回収は、通常、減価償却費や修繕費等の必要経費分を賃料の中に含ませてその支払を受けることにより行われている。そうすると、建物の賃借人にその賃貸借において生ずる通常損耗についての原状回復義務を負わせるのは、賃借人に予期しない特別の負担を課すことになるから、賃借人に同義務が認められるためには、少なくとも、賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約(以下「通常損耗補修特約」という。)が明確に合意されていることが必要であると解するのが相当である。

(2)これを本件についてみると、本件契約における原状回復に関する約定を定めているのは本件契約書22条2項であるが、その内容は上記1(5)に記載のとおりであるというのであり、同項自体において通常損耗補修特約の内容が具体的に明記されているということはできない。また、同項において引用されている本件負担区分表についても、その内容は上記1(6)に記載のとおりであるというのであり、要補修状況を記載した「基準になる状況」欄の文言自体からは、通常損耗を含む趣旨であることが一義的に明白であるとはいえない。したがって、本件契約書には、通常損耗補修特約の成立が認められるために必要なその内容を具体的に明記した条項はないといわざるを得ない。被上告人は、本件契約を締結する前に、本件共同住宅の入居説明会を行っているが、その際の原状回復に関する説明内容は上記1(3)に記載のとおりであったというのであるから、上記説明会においても、通常損耗補修特約の内容を明らかにする説明はなかったといわざるを得ない。そうすると、上告人は、本件契約を締結するに当たり、通常損耗補修特約を認識し、これを合意の内容としたものということはできないから、本件契約において通常損耗補修特約の合意が成立しているということはできないというべきである。」

(弁護士 井上元)

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