賃貸者契約締結に至らなかった場合の賃借予定者の責任②
契約締結上の過失の理論
賃貸借契約締結に向けて交渉した後、賃貸予定者が相手方の信頼を裏切って交渉を一方的に打ち切った場合、「契約締結上の過失の理論」により、相手方に損害賠償をしなければならない場合がありますが、賃借予定者も同様に賃貸予定者に対して損害賠償をしなければならない場合も生じます。
ここでは、賃借予定者の損害賠償責任が争われた事例を紹介しましょう。
賃借予定者の損害賠償義務を認めた裁判例
東京地裁平成18年7月7日判決は「賃借予定者が本件建物の賃貸借契約を結ばなかった理由は、もっぱら会長の気が変わって本件建物への移転を承諾しなかったことに尽きるのであり、会長が承諾しないという理由で賃貸借契約の締結を拒絶したことは、到底正当な理由があったとは認められない。」として新たな賃借人との契約締結が被告との交渉が長引いたために遅れたことによる損害として約1億5000万円の損害賠償請求を認めました(控訴審:東京高裁平成20年1月31日判決は約1億円に減額)。
横浜地裁川崎支部平成10年11月30日判決は「原告と被告とは本件施設の賃貸借契約につき契約締結準備段階にはいっており、原告が将来賃貸借契約が締結されるものと信じて行動することは被告にとってもたやすく予想されるところであったと言うべきである。」として他社からの申入れを断っていたことによる賃料相当分の6か月分である1260万円の損害賠償を認めました。
賃借予定者の損害賠償義務を否定した裁判例
一方、大阪地裁昭和59年3月26日判決、札幌地裁平成7年2月23日判決、東京地裁平成7年9月7日判決、東京地裁平成8年7月29日判決などは賃借予定者の契約締結上の過失を否定しています。
コメント
賃貸予定者としては、賃借予定者を信頼し、他からの申入れを断って交渉を継続した場合、最終的に当初の賃借予定者との契約交渉が決裂すると、収受できたはずの賃料収入を収受できなくなってしまいます。
賃借予定者の責任が認められるか否かは具体的な交渉状況によりますが、賃借予定者が余りに不誠実な対応をした場合、賃借予定者に対する損害賠償請求も検討すべきでしょう。
(弁護士 井上元)