会社分割と違約金承継に関する最決H29.12.19

 濫用的会社分割により債権者が害されるという事案が頻発し、各種の対策がとられてきました。建物賃貸借につき、濫用的会社分割が利用され、最高裁が判断を下した事例がありますのでご紹介します。

最高裁第三小法廷平成291219日決定

事案の概要

1 Yは、土木建築請負業等を主たる事業とする会社であり、資本金は5000万円、純資産の額は約85000万円である。Xは、学校用品、教材の販売等を目的とする会社である。

2 XYは、平成24年、XYの設計等に基づいて老人ホーム用の建物(以下「本件建物」という。)を建築し、Yが有料老人ホーム等として使用する目的で本件建物をXから賃借する旨の契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結した。本件賃貸借契約には、要旨次のような定めがある。

ア 賃貸期間は本件建物の引渡しの日から20年間とし、賃料は月額499万円(ただし当初5年間は月額450万円)として、毎月末日に翌月分を支払う。

イ Yは、本件賃貸借契約に基づく権利の全部又は一部を第三者に譲渡したり、Xの文書による承諾を得た場合を除き本件建物の全部又は一部を第三者に転貸したりしてはならない。

ウ 本件建物は老人ホーム用であって他の用途に転用することが困難であること及びXは本件賃貸借契約が20年継続することを前提に投資していることから、Yは、原則として、本件賃貸借契約を中途で解約することができない。

エ Yが本件賃貸借契約の契約当事者を実質的に変更した場合などには、Xは、催告をすることなく、本件賃貸借契約を解除することができる。

オ 本件賃貸借契約の開始から15年が経過する前に、Xが本件解除条項に基づき本件賃貸借契約を解除した場合は、Yは、Xに対し、15年分の賃料額から支払済みの賃料額を控除した金額を違約金として支払う。

3 Xは、約6億円をかけて本件建物を建築し、平成2410月、本件建物をYに引き渡した。Yは、同年11月、本件建物において有料老人ホームの運営事業(以下「本件事業」という。)を開始した。

4 本件事業は、開始当初から業績不振が続いた。Yは、平成284月頃、本件事業を会社分割によって別会社に承継させることを考え、Xにその旨を伝えて了承を求めたが、Xは了承しなかった。

5 平成285月、Yが資本金100万円を全額出資することにより、株式会社Zが設立された。

6 YZは、平成28年、効力発生日を同年71日として、本件事業に関する権利義務等(本件賃貸借契約の契約上の地位及び本件賃貸借契約に基づく権利義務を含む)のほか1900万円の預金債権がYからZに承継されることなどを内容とする吸収分割契約を締結した。吸収分割契約には、Yは本件事業に関する権利義務等について本件吸収分割の後は責任を負わないものとする旨の定めがある。

7 Yは、平成285月、吸収分割をする旨、債権者が公告の日の翌日から1箇月以内に異議を述べることができる旨など会社法7892項各号に掲げる事項を、官報及び日刊新聞紙に掲載する方法により公告した。なお、上記1箇月の期間内に異議を述べた債権者はいなかった。

8 平成287月、本件吸収分割の効力が発生した。

9 Yは、本件賃貸借契約に基づく賃料を平成287月分まで全額支払ったが、Zは、本件吸収分割の後、上記賃料の大部分を支払わず、同年1130日時点で合計1450万円が未払であった。

10 Xは、平成2812月、Y及びZに対し、Yが本件賃貸借契約の契約当事者を実質的に変更したことなどを理由に、本件解除条項に基づき本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

11 Xが、本件違約金条項に基づく違約金債権のうち18550万円を被保全債権として、Yの第三債務者に対する請負代金債権につき、仮差押命令の申立てをし、高裁決定は、解除条項及び違約金条項を認識しながら吸収分割を行ったYが違約金債務を免れるのは信義に反すること、吸収分割によりYが違約金債務を免れるとすると、Xは、純資産約85000万円を有するYではなく純資産100万円を有するにすぎないZから違約金債権を回収しなければならず著しく不合理であるなどとして、Xの申立てを認容した。

12 これに対し、Yは、本件吸収分割がされたことを理由に、本件違約金債権に係る債務を負わないと主張し、許可抗告を行った。

最高裁決定の内容

最高裁は次のように述べてYの抗告を棄却した。

「(1) 吸収分割は、株式会社又は合同会社がその事業に関して有する権利義務の全部又は一部を分割後他の会社に承継させることであり(法229号)、吸収分割をする会社(以下「吸収分割会社」という。)と、吸収分割会社がその事業に関して有する権利義務の全部又は一部を吸収分割会社から承継する会社(以下「吸収分割承継会社」という。)との間で締結される吸収分割契約の定めに従い、吸収分割承継会社が吸収分割会社の権利義務を承継する(法757条、7591項、7611項)。本件において、本件事業に関する権利義務等は、本件吸収分割により、YからZに承継される。

(2) しかしながら、本件賃貸借契約においては、XYとの間で、本件建物が他の用途に転用することが困難であること及び本件賃貸借契約が20年継続することを前提にXが本件建物の建築資金を支出する旨が合意されていたものであり、Xは、長期にわたってYに本件建物を賃貸し、その賃料によって本件建物の建築費用を回収することを予定していたと解される。Xが、本件賃貸借契約において、Yによる賃借権の譲渡等を禁止した上で本件解除条項及び本件違約金条項を設け、Yが契約当事者を実質的に変更した場合に、Yに対して本件違約金債権を請求することができることとしたのは、上記の合意を踏まえて、賃借人の変更による不利益を回避することを意図していたものといえる。そして、Yも、Xの上記のような意図を理解した上で、本件賃貸借契約を締結したものといえる。

 しかるに、Yは、本件解除条項に定められた事由に該当する本件吸収分割をして、Xの同意のないまま、本件事業に関する権利義務等をZに承継させた。Zは、本件吸収分割の前の資本金が100万円であり、本件吸収分割によって本件違約金債権の額を大幅に下回る額の資産しかYから承継していない。仮に、本件吸収分割の後は、Zのみが本件違約金債権に係る債務を負い、Yは同債務を負わないとすると、本件吸収分割によって、Yは、業績不振の本件事業をZに承継させるとともに同債務を免れるという経済的利益を享受する一方で、Xは、支払能力を欠くことが明らかなZに対してしか本件違約金債権を請求することができないという著しい不利益を受けることになる。

 さらに、法は、吸収分割会社の債権者を保護するために、債権者の異議の規定を設けている(789条)が、本件違約金債権は、本件吸収分割の効力発生後に、Xが本件解除条項に基づき解除の意思表示をすることによって発生するものであるから、Xは、本件違約金債権を有しているとして、Yに対し、本件吸収分割について同条12号の規定による異議を述べることができたとは解されない。

 以上によれば、YXに対し、本件吸収分割がされたことを理由に本件違約金債権に係る債務を負わないと主張することは、信義則に反して許されず、Xは、本件吸収分割の後も、Yに対して同債務の履行を請求することができるというべきである。」

コメント

 本件で、Yの不当性は明らかであり、最高裁は信義則を理由として個別の権利保護を図ったものです。

 判示のとおり、分割会社(Y)の債権者のうち会社分割後に債務の履行を請求できなくなる債権者は分割に異議を述べることができます(会社法78912号)。本件では、「本件違約金債権は、本件吸収分割の効力発生後に、Xが本件解除条項に基づき解除の意思表示をすることによって発生するものである」ことを理由にXは異議を述べることはできなかったとされました。逆に言うと、異議を述べることができた場合にはYは違約金債務を免責された可能性もあります。

 他方、分割会社(Y)に対し債務の履行を請求できる債権者は、分割会社(Y)が承継会社(Z)から移転した純資産の額に等しい対価を取得するはずであるとの考えから、会社分割に異議を述べることができないものとされていますが、分割会社(Y)に対してのみ請求できる債務の債権者(残存債権者)を害する意図を持った会社分割が実際に頻発したため、平成26年改正時に、分割会社が残存債権者を害することを知って会社分割をした場合には、残存債権者は、承継会社(Z)に対し、承継した財産の価額を限度として債務の履行を請求することができる規定が設けられました(会社法7594項~7項。江頭憲治郎「株式会社法第7版」918頁)。

 会社分割がからむと法律関係が複雑になりますので注意を要するとことです。

(弁護士 井上元)

この記事は弁護士が監修しています。

弁護士 井上元(いのうえもと) OSAKA ベーシック法律事務所

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